江戸時代の美容師

美容師の歴史

美容師の歴史    大阪の美容師派遣会社美JOB

江戸時代の美容師

髪結い(かみゆい)とは   

髪は女の命・・・は今も昔も未来もおんなじ?

上の写真ですが浮世絵なんかに載っている日本髪って

素敵ですね!videoもカメラもない時代ですが

タイムマシンで過去に行き本物を見てみたいですね。


女性の髪結い
髪結い(かみゆい)は江戸時代から明治にかけての理髪業に従事する人を総称する言葉で、今の理容師のこと。
男性の髪を手がける男の髪結いで「髪結い床」という自分の店を持つものは床屋とも呼ばれたが、女性の髪を手がける女髪結いは遊郭(遊女は上得意だった)や顧客の家を訪問していたそうです。
以下「床屋」では男性の髪結い、「女髪結い」では女性の髪結いと扱います。


しかしこの時代に美容師派遣あったのかな
髪結いとは

女髪結い


髪結い
結髪が習慣化して以来、成人女性は自分で髪を結うのが好みだったのだが、髪型が複雑化した明和年間ごろにはもはや結髪の素人には手に負えず、また、後ろ髪を大きく突き出すような自分では結うのが難しい髪型が氾濫したため、多彩な髪型を熟知し顧客の容姿や好みに合わせて結い上げる専門職が必要になり男性の「廻り髪結い」が遊郭を出入りして遊女の髪を結った。
しかし、男性にはさらに複雑化してゆく髪型を熟知し顧客の細かな要望に応える作業は厳しく、安永ごろになると女性の髪結いが登場して遊郭の「廻り髪結い」は急速に衰退していった。
彼女たちは筋目櫛や梳き櫛などを風呂敷に包んで顧客を訪ね、客の要望を聞きながら最新の髪形を結っていった。江戸時代後期には毎年のようにスタイルブックが売り出され、髪結いはそれを参考にアレンジを加えて結っていた。
女髪結い自体は着古した地味な衣装に前垂れを帯代わりにするような堅実で質素な女性が多かったのだが、幕府には他人に髪を結わせるという行為が贅沢だと目をつけられてたびたび禁止令を出されていた。
髪結い料は安永ごろの資料を見ると一回で200文程度で(ネットで調べてみるとだいたい4,5千円らしいです。)、物価の上下や時代ごとに多少の変遷があった。また、遊郭の女郎や大店の妻女からは季節ごとに祝儀の品が届いた。
江戸時代には女性の専門職は髪結いか産婆程度に限られていたため、妻の収入で楽な暮らしをする亭主を指す「髪結いの亭主」という言葉ができた。但し、亭主が自ら髪結いを行っている場合もあった。面白いですね。  大阪の美容師派遣会社美JOB

しかし昔も今の女性の美容師さん・髪結いさんもパワフルですねえ。

髪結


私の友人アッコちゃんの作品です。

今の美容師達にとって大々先輩に当たりますが、逆に日本独自の髪型である日本髪は和服には欠かせないもので、
特殊な技能を要するため京都などでもやはり人手不足らしいです。知り合いで京都で髪結いとhairメイクをしているアッコちゃんの言葉です。

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